GrandPetit[グランプティ]

更新日:2月7日

初めましての方は初めまして!いつも読んで下さっている方は今日もありがとうございます、

オーデルゲム・ミュージック・サロンで講師をしております、ピアニストの小串翔です♩





今回は僕の音楽活動の1つ、ピアニスト鳥居 祐くんとのピアノデュオユニット、GrandPetit[グランプティ]についてご紹介します!










GrandPetit Story





 札幌出身の鳥居 祐は、3歳からピアノを始める。小学2年生の時にピアニストを目指すことを決める。

そのきっかけは当時ショパン国際ピアノコンクールに挑戦していたケヴィン・ケナーによるショパンのノクターンの演奏を聴いて。これが1度目の衝撃だった。


その後、ヤマハと札幌コンセルヴァトワールでピアノを学ぶ。

時は流れ15歳、研修旅行でヨーロッパへ訪れた際に、音楽の都・ウィーンで2度目の衝撃を受ける。



“これが世界か”



その1ヶ月後には言葉も分からぬまま単身ウィーンへ留学。3ヶ月後にはウィーンコンセルヴァトワールへ入学する。

2年後、18歳で旭川でソロリサイタルデビューを果たす。再びウィーンに戻りその後10年、研鑽を積む。

そして恩師であるジャック・ラギャルドと出会い、パリへ移住する。


それからはフランスやイタリアの数々のコンクールで入賞、パリを中心にヨーロッパ各地でリサイタルを開く中、

パリで開催された“フランスと中国の国交50周年”を記念するコンサートに、ゲストピアニストとして招待され、ルーヴル美術館で演奏し喝采を浴びた。






そんなパリでの生活で、一人の青年と出会う・・






 一方、大阪出身の串 翔は、6歳からピアノを始める。LEGOブロックが好きで、小学生の頃の夢は“パン屋”になることだった。


恩師である弘中孝と出会い、自分に足りないものを得る為、もう1度、一からピアノを始める。このとき15歳、高校1年生の秋のことだった。


恩師の下で研鑽を積み、東京音楽大学へ入学。4年がかりで実技成績上位3名に入る。

その頃、来日していたフランス人ピアニスト、ビリー・エイディと出会うが、彼のマスタークラスで撃沈。



“この人の言うことを自分のものにできたら、すごいことになる!”



花の都・パリへ留学することを決意。半年後にはパリコンセルヴァトワールへ入学する。


2年がかりで門下のトップに、また、フランスのコンクールで第2位を受賞し、パリの権威あるホール、Salle Gaveau(サル ガヴォー)で演奏した。

翌年、フランス人ヴァイオリニスト、クリストフ・ブーリエ(84年 ロン=ティボー国際音楽コンクール最高位受賞者)との共演や、パリのナポレオン城の音楽祭に招待され演奏するなど、フランスと日本で音楽活動に励んだ。






それぞれ違う道を歩みつつ・・鳥居 祐 と 串 翔 はパリで出会った!










こうして、2012年に祐くんと出会いました。



僕の兄的存在で、毎晩のように語らい、

時には、スペインのマラガにあるショパンが前奏曲を生み出した修道院を訪れたり、モロッコのサハラ砂漠を旅したり・・、そうして絆を深めていきました。



一時期、同じ音楽院に在籍していた頃には、同じ土俵で切磋琢磨したことや、僕のコンチェルト試験でのオーケストラパートの伴奏を務めてくれたこともあります♫




そして3年後の2015年、エッフェル塔の見える部屋で GrandPetit[グランプティ]が誕生!



もうお気づきかもしれませんが、鳥居祐と“小”串 翔から「大きい小さい」のフランス語「GrandPetit」というのが名前の由来です笑









その3ヵ月後、日本ツアーを開催。


札幌→東京→兵庫→大阪→福岡の5大都市でコンサートは大熱狂で終えることができ、鮮烈デビューを果たしました!









GrandPetit[グランプティ]のコンセプトとして、



“2人がぶつかり合った時に出る音の火花、音楽の化学反応を魅せること”



を大事にしています。


コンサートは、お互いのソロ曲を演奏しそれぞれの音色を知ってもらい、ラストにそれらが合わさった連弾を披露する・・〈ジョイントリサイタル〉




違う音楽性の2人が音の喧嘩にならないのは、お互いにリスペクトし信頼し合っているから。



そしてなにより、



お互いが本業の方で真剣に音楽に向き合っているからこそ、GrandPetitとして面白いことができると考えています💡








そういうことから、この期間限定のピアノデュオユニットは、



お互いの更なるレベルアップのため、ツアー後すぐ活動休止期間に入りました。










それから5年後・・